練る子は育つ

都内のIT企業で働く28歳女性。読書、音楽、ゲームの記録

やさしい"思い出"の短編集/木皿泉「さざなみのよる」感想

ガンに侵されたナスミ視点の、死の間際から始まる物語。彼女の「ぽちゃん」という呟きをきっかけに"さざなみ"のように広がる、「思い出」の短編集です。肉体は亡くなっても、人の心に残り続けるナスミの言葉や行動。彼女が素敵な女性だったことが、さまざまなエピソードを通して語られます。不思議と悲壮感はなく、温かくて、やさしい。


本屋大賞2019ノミネート作品。木皿さんの作品を読むのは、「昨夜のカレー、明日のパン」に続いて2作目です。

 

さざなみのよる

さざなみのよる

 


あらすじ(Amazonより引用)
小国ナスミ、享年43歳。息をひきとった瞬間から、その死は湖に落ちた雫の波紋のように、家族や友人、知人へと広がっていく。命のまばゆいきらめきを描く著者5年ぶりの感動と祝福の物語!


感想
この物語は、起承転結がどうのこうのじゃなくて、ひとつひとつのエピソードの温かさや優しさを味わうものでした。ガンを患ったナスミの死から始まるのに、それが悲しくて切ない"だけ"としては描かれない。死とナスミの声を通して、静かに「生」や「希望」が浮かび上がる感じ。読み終わったあとはじんわりと心が温かくなり、「私もしっかり生きていこう」と思えるような作品です。


本当は心に残った言葉を紹介しようと思ったんだけど、ただ切り取っただけではイマイチ輝かないことがわかった。この言葉が出てくるまでのストーリーや、会話する人たちの関係性を知って初めてぐっと刺さるので、実際に読んでみてほしいです。。


とはいえ自分用にメモ。まずは第3話で出てくるこの言葉。

おんばざらだるまきりくそわか 

「生きとし生けるものが幸せでありますように」という意味の呪文。子育てや義母との対立に疲れ果てていたナスミの妹・月美が、「とりあえず口に出してみれば楽になるよ」とナスミに言われた言葉。はじめは「どうして自分の嫌いな人の幸せも願わなきゃいけないの?」と納得できなかったけれど、つまり「生きとし生けるものの一人が私」であることを悟ります。そうなんだよね、自分の嫌なやつの幸せなんて願いたくないけど、そんなことより、「自分が」幸せになることのほうが大事。


次は第9話で語られるナスミのセリフ。私は、ここに彼女の伝えたいことがすべて詰まっているような気がしました。

今はね、私がもどれる場所でありたいの。誰かが、私にもどりたいって思ってくれるような、そんな人になりたいの

実際に、ナスミに関わったみんなが、彼女亡き後も彼女の言葉や行動に救われている。私もこんなふうに、「人の心に生き続ける」を素敵な形で体現したいなあ、と思わせられる。


そして大事なのは、「絶望しないで生きてゆくということ」。

だからぁ死ぬのも生きるのも、いうほどたいしたことないんだって 

快活なトーンで言われると、なんだかそんな気がしてくるから不思議。


他にも、「お金にかえられないものを失ったんなら、お金にかえられないもので返すしかない」とか、「まさしく、生きることは、「続けッ!」なのだ」とか、「何をあげて、何をもらったのか、誰も知らない。だからこそ、それは私の体の中にいつまでもいつまでも残るだろうと思った」とか、私が小説内でハイライトしていた言葉はたくさんある。それぞれについて説明すると逆に浅くなってしまうので書かないけど、きっと読む人それぞれにグッとくる言葉があるはず。素敵な小説でした。