練る子は育つ

都内のIT企業で働く28歳女性。読書、音楽、ゲームの記録

オタク賛美な物語/三浦しをん「愛なき世界」感想

感想を一言で表すならば…純粋!!!まっすぐすぎる愛の物語でした。一つの物事にグッと入れ込む"オタク"を、認めて受け入れてかつ背中を押してくれるような、アツくてやさしい世界が広がっています。


本屋大賞2019ノミネート作品。

 

愛なき世界 (単行本)

愛なき世界 (単行本)

 

 
あらすじ(Amazonより)
恋のライバルが、人類だとは限らない――!? 洋食屋の見習い・藤丸陽太は、植物学研究者をめざす本村紗英に恋をした。しかし本村は、三度の飯よりシロイヌナズナ(葉っぱ)の研究が好き。見た目が殺し屋のような教授、イモに惚れ込む老教授、サボテンを巨大化させる後輩男子など、愛おしい変わり者たちと地道な研究に情熱を燃やす日々……人生のすべてを植物に捧げる本村に、藤丸は恋の光合成を起こせるのか!? 道端の草も人間も、必死に生きている。世界の隅っこが輝きだす傑作長篇。

 
ネタバレあり感想
洋食屋の見習い・藤丸陽太は、植物学研究者をめざす本村紗英に恋をした。が、この本村ちゃん、人より植物を愛する植物オタクだった(研究者であるが、あえて"オタク"としたい)。

恋のライバルが常に人類だとはかぎらない。本村の心は、植物のものだ。

って、発想が斜め上すぎて…!本村の中での「植物>人間」という方程式は、陽太も(読者である私たちも)すぐに受け入れられたわけではない。が、陽太が出前を届けに研究室に通って植物の知識を得たり、本村の植物に対する思いに触れたり…とお話が進むにつれてなんとなーく、「あ、これ人間に勝ち目ないね」というのを理解していく感じ。いや、とにかく本村ちゃんの植物への愛がすごい!ファッションやメイクは二の次で、シロイヌナズナの研究に全身全霊をかけている。そんな姿勢を見ていたら(読んでいたら)、これは人間じゃかなわないな~という気持ちになってくるのが清々しい。


ただ彼女自身も「人間より植物を選ぶなんてまずいよね?お母さん!」とは思っており、

なんの保証もない、不安定な道を選ぶぐらいなら、学部を卒業して就職し、しかるべきタイミングで結婚して家庭を持つ、いわゆる「順当な」路線を行ったほうがいいのではないか。母親は親心から、そう言いたいのだろう。

結婚にも生殖にも興味がない私は、もしかして生命体として不完全なの?

などと自問自答し、悶々とする。陽太に告白されてちょっとは「人間」と向き合うことも考えるんだけど、

ごめんね、お母さん。私は植物と結婚したんです……! 

って結論、最高にロックすぎて、そのまま植物への愛を貫き通してくれ!と思ってしまった。こんなふうに、ぐーっと愛情を注げる何かを見つけられるなんて素晴らしいこと。それを揶揄するひともいないし、なんてオタク賛美な物語なんだろう。


あと、研究室の教授である松田先生がめちゃくちゃステキ。毎日黒いスーツを着ていて、見た目は"殺し屋"のような先生なんだけど、この人もまた植物と研究への温度が高いんだよね。本村ちゃんがある実験を思いっきり失敗しちゃった(かもしれない)ときの言葉が痺れる。

予定どおりに実験を進めて、予想どおりの結果を得る。そんなことをして、なにがおもしろいんですか?

考える余地を残した楽しい実験を考案し、実施している先生がたくさんいるではないですか。実験で大切なのは独創性と、失敗を恐れないことです。失敗のさきに、思いがけない結果が待っているかもしれないのですから。

ふだんは口数少なくてクールなのに、こんなふうに熱を持って失敗を肯定してくれる姿がかっこよかった。結果も過程もまるっと楽しんでいいんだよ、と背中を押してくれます。

さて、主人公・陽太。読み手としては「この恋は難しいね、ドンマイ」って感じなんだけど、最終的にいきついた考え方がド変態で、ちょっと笑いました。

自分の作った料理や菓子が、本村の肉体を作り、維持する手助けをしているのだと思うと、ほの暗い喜びを覚えた

タイトルの「愛なき世界」とは真逆で、愛しかない物語。本村による細かい植物談義は、(読みやすく書いてくださっているとはいえ)ちょっとついていけなくて読み飛ばしてしまったけれど、面白かったです。