練る子は育つ

都内のIT企業で働く28歳女性。読書、音楽、ゲームの記録

譲れるものと、譲れないもの/小野寺史宜「ひと」感想

「『ひと』こそ、大事にすべき」なんて言葉は色々な場面で聞くけど、今作の主人公である聖輔を通すと不思議と腑に落ちた。淡々と進む物語の中で生きる、人と人との温かさが身に染みる。

本屋大賞2019ノミネート作品。

 

ひと

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あらすじ
店を開くも失敗、交通事故死した調理師だった父。女手ひとつ、学食で働きながら東京の私大に進ませてくれた母。―その母が急死した。柏木聖輔は二十歳の秋、たった一人になった。全財産は百五十万円、奨学金を返せる自信はなく、大学は中退。仕事を探さなければと思いつつ、動き出せない日々が続いた。そんなある日、空腹に負けて吸い寄せられた商店街の惣菜屋で、買おうとしていた最後のコロッケを見知らぬお婆さんに譲った。それが運命を変えるとも知らずに……。

 
<ネタバレあり感想>
主人公の柏木聖輔は、二十歳で父も母も亡くし、頼れる親戚もいない。大学も中退して、お金もないし働くか~と立ち寄ったお惣菜屋さんで、バイトを始めます。
生い立ちだけきくとかなり不憫なんだけど、聖輔の語り口が飄々としているからか、悲壮感なくお話が進む。というか正直起承転結みたいなものはあんまりない。惣菜屋で美味しいコロッケをあげる店長や奥さん、同僚や友人との優しい日常がゆっくり描かれる。加えて、高校時代のクラスメイトだった青葉との再会が、聖輔の毎日を華やかにしてくれる。それと対照的なのが、「保険金入っただろ?」と金の無心にくるクズみ溢れる叔父や、異様に聖輔を見下してくる青葉の元カレの存在。どこにでも、悪意に満ちた人や嫌味なヤツはいるもんだよね、と現実を思い起こされる。


クライマックスは最後かな。これまで(おそらく)何にも執着せずに飄々と淡々と生きてきた聖輔が、青葉に告白しにいくところ。

道は譲る。ベースも譲る。店のあれこれも譲る。でも青葉は譲らない。譲りたくない。自分よりずっと上にいる相手にも。自分よりずっといい条件を示せる相手にも。

譲れるものと、譲れないもの。ちゃんと、"譲れないもの"が見つかってよかったね。終盤は青春小説っぽさがあった。


正直言うと、これだけ「人徳がある」と描かれている聖輔が、そもそもひとりぼっちになっちゃうことってある?ってギモンは浮かんでしまったけれど、まあいいや。