面白すぎるミステリを読んだ/アンソニー・ホロヴィッツ「カササギ殺人事件」感想
アンソニー・ホロヴィッツ「カササギ殺人事件」。今年読んだ本の中で一番面白い小説だった!
宣伝文句が「アガサ・クリスティーのオマージュ!」で、めちゃくちゃ期待値あげてくるじゃんって思ってたんだけど、期待を優に超えてきた。クリスティ好きはもちろん全ミステリ好きに読んでほしい。東京創元社のツイッターアカウントがゴリ推ししてくる気持ちがわかった。笑
上巻最後の一文から下巻冒頭の怒涛の展開、一気読みしたあとはまた上巻の始めに戻りたくなる。「犯人当て」はもちろんのこと、あらゆる場面がミステリへの愛とリスペクトに溢れていて、読むのが本当に楽しかった。
できるだけ何の先入観もなしに読み進めたほうがいいです。そして上巻を読み終えたら絶対すぐに下巻を読みたくなるので、必ずセットで買ってください!!
※ネタバレあり感想※
本作では、2作のミステリが描かれている。1つ目は作中作であるアラン・コンウェイ作「カササギ殺人事件」。2つ目は、その「カササギ殺人事件」を巡った、担当編集者スーザンの物語。
1作で二度おいしい!って単純なものじゃない。それぞれの物語が独立して面白いし、さらにこの2つがリンクしあうのがすごい。編集者スーザン目線での「ミステリ論」、というか、「ミステリへの愛やリスペクト」に溢れた描写まで含めて、まるっと最高のミステリだ。
まず上巻。ロンドンの女性編集者(=スーザン)の語りパートから始まります。「カササギ殺人事件」は「わたしの人生のすべてを変えてしまった」本であること。そして、「わたしとちがって、あなたはちゃんと警告を受けたことは忘れないように」と意味深な一言。ここから、作中作「カササギ殺人事件」が始まる…。
この、アランコンウェイ作の「カササギ殺人事件」が、めちゃくちゃ古典ミステリで最高!!現代に書かれた作品だって途中で忘れるレベルで読み進めてしまいました。探偵「アテュカスピュント」シリーズの最新作という立て付けなんだけど、本当にこのシリーズが刊行されている気になるくらい、完成された内容。
舞台はマグナス家で働く家政婦•メアリの葬式から始まる。この人を殺した犯人を捜すのねーということで、登場人物がどんどん紹介されるんだけど、まじ全員アヤシイ。みんな何かしら隠してる。そうこうしている間にマグナスが死ぬ。メアリはどうやら「噂好きのおせっかいばあさん」だし、マグナスは「傲慢な金持ち」で、この狭い村では誰かしらに恨みを買われてそうな雰囲気。まじ全員アヤシイ。
さて探偵も登場して、推理を進めていき、そろそろ真相に近づいたかな、というところで
「あの男は、わたしが知りたかったことをすべて教えてくれたよ。あの男こそは、この事件のきっかけを作った人物なのだからね 」「本当ですか?いったい、何をしたんです ? 」「自分の妻を殺したのだ 」
で上巻終わり。え、そうなの?じゃあ犯人は旦那さん?どういう推理なんだろ!と思って急いで下巻に進むと…まさかの上巻冒頭で出てきた編集者(スーザン)パートに戻る…!!
私はここでようやく、作中作を読んでいたことに思い出しました。この構成にも興奮した。
下巻は「カササギ殺人事件の最終章の原稿がない」かつ「作者であるアランが死んだ」という謎が出現し、現代パートが進んでいきます。
個人的にはこの下巻の冒頭で、「カササギ殺人事件」を読んだ編集者のスーザンが、「自力で犯人を推理してみようとする」ところがとても好き。
怪しげな人を何人かリストアップして、「怪しすぎるからこいつは除外」「意外とこの人なんじゃないの」ってざっくり考えていて、一緒に推理している気分になれて楽しかった。
これらすべての条件を鑑みると、謎解きミステリ第一の法則〝もっともあやしい容疑者は、けっして真犯人ではない〟に引っかかる 。
うん、うん。ミステリでは、怪しい人は犯人じゃない。
スーザンは「アランの死」そして「カササギ殺人事件の真相」を追って、探偵さながら謎の解明に乗り出す。探偵小説で育った一般人が探偵の真似事をする、という展開や、刑事に「探偵小説の読みすぎ」と真っ向から否定されるのも"現実"っぽくてよかった。何より、スーザンによるミステリ談義がよかったよ。特に「わかる」ってなったところを挙げておく。
読者をこうしてぐいぐい引きこんでいくミステリとは、小説という多種多様で豪華な形式の中でも、ひときわ特別な位置にある
それは何より探偵役が、ほかのどんな登場人物よりも、ほかに類のない形で読者と結びつくことができる存在だからなのだ
読者は探偵を好きになる必要も、憧れる必要もない。作品を読みつづけるのは、わたしたちがその探偵を信頼しているからだ
そう、だから私もミステリが好き。
アガサ・クリスティやシャーロックホームズが作中でたくさん語られるのも面白かった。ほんと、本当の作者のアンソニーホロビッツさんはミステリが好きなんだなあ~とうれしい気持ちになった。たとえばこういうのとか。
たまたまひねり出した名前が 、その豊かな物語世界の象徴となることもめずらしくはない。もっとも有名な例は、シェリンフォ ード・ホームズとオーモンド・サッカーだ。
もしもこんな名前のままだったら 、もしもコナン・ドイルがもう一度だけ考えなおし、シャーロック・ホームズとジョン・ワトスン博士という名をひねり出してくれなかったら、はたしてこのふたりは世界じゅうでこんなにも成功を収めることができただろうか。
現実パートも良かったけど、ミステリとしては最終的に見つかった「カササギ殺人事件」の最終章のほうが衝撃だった。
まさかメアリが「善意の人」だとは!息子・ロバートの「狂気」に気がついたがゆえに、村を守るために、色んなことに目を光らせていたなんて…。ただのおせっかいな、噂好きのばあさんだと思い込まされていた。マグナスを殺害したのはロバートだったし、結局メアリ自身は事故死だったし…。解決が鮮やかすぎて、作中作が完璧すぎて、ほんと、面白かった…。
ミステリとは、真実をめぐる物語である ― ―それ以上のものでもないし、それ以下のものでもない。
やっぱりミステリ好きだな、と思わせられる、ミステリへの愛に溢れた素敵な作品だった。出会えてよかった。