練る子は育つ

都内のIT企業で働く28歳女性。読書、音楽、ゲームの記録

双子のヒーローと、悪と/伊坂幸太郎「フーガはユーガ」感想

本屋大賞2019ノミネート作品。伊坂さんの小説は15作ほど読みました。先日読んだ「砂漠」は、心に清々しさが満ち溢れる素敵な作品だったし、陽気なギャングシリーズや殺し屋シリーズに出てくる"一般的な悪モノ"たちも愛せるし。で、今作は…思ったより重たくてつらくて悪者が悪くて、読んでも読んでも悲しかった…。

 

フーガはユーガ

フーガはユーガ

 

 

あらすじ

常盤優我は仙台市内のファミレスで一人の男に語り出す。双子の弟・風我のこと、決して幸せでなかった子供時代のこと。そして、彼ら兄弟だけの特別な「アレ」のこと――著者一年ぶりの新作書き下ろし長編は、ちょっと不思議で、なんだか切ない。

 

ネタバレあり感想

※がっつり結末に触れているのでご注意

 


あまりにも"救い"がなさすぎた

ユーガの死。結論から言うと、私はこのラストにどうしても納得がいかない。
いや、初めて読む作家さんだったら「重いな~」で終わったんだと思うんだけど、こと伊坂作品に限っては勝手ながらどこかに「救い」を求めていた部分があると思う。この作品は、父親から激しい暴力を受ける双子、叔父から虐待される小玉、車に轢かれる少女、etc…とずっとつらくて苦しかった、でも、きっと最後には「救い」があると思って読み進めたのに。どうして最後、ユーガまで死んじゃうんだよ!!

 

雑魚カードとして「一発逆転」してほしかった

コンビニで出会った小学生の男の子が「これ雑魚カードだから要らない」と開封してすぐ捨てるシーン。ユーガは「雑魚カード」に自分たちを重ね合わせる。

開封されたとたんに、「ダメなやつ 」 「雑魚 」と決めつけられたカ ードに、チャンスを与えたい思いがあったのかもしれない。僕と風我も生まれたとたんに、「外れ 」と捨てられたかのような日々を送ってきた。それでも放り投げずに、しがみつくように生きてきた。もしかすると、いずれ、「一等賞 」とまではいかないまでも、 「入賞 」もしくは 「敢闘賞 」あたりの出来事が待っているのではないか、それくらいはあってもいいだろうに、とは思っていた。同様に、このカードにも活躍の場があってもいいではないか。そんな気持ちだったのかもしれない。


そしてユーガはこの「雑魚カード」を活かしてカードバトルをし、見事に勝つのだ。

僕は、 「この前もらったカードで勝ちました 」と例の、旧姓雑魚カードを見せた。お手柄!と讃えられることを期待していたから、「すごい 」と手を叩かれた時には、自らの人生が最高潮に達したような錯覚を覚えるほどだった。いや、実際に、それほど嬉しかったことは過去にも先にもない。


この物語の最大の「悪」である、サイコキラーの高杉に対して、双子の「誕生日の2時間だけ入れ替わる」という特殊能力を使って挑むクライマックス。これは自称・雑魚カードである双子たちにとって大大大チャンスだったのだ。ここで勝てたならば(つまり二人とも生き残ったならば)一発逆転だったのだ。。。

 
"世間の悪"に立ち向かうなら、勝ってくれなきゃ報われない

たとえばユーガの死が、双子たちの直接的な悪である「父親」によるものだったら、私はまだ腑に落ちたかもしれない。父親に立ち向かって、ユーガを犠牲にしてでも双子二人で勝つことができたのなら、ユーガが精いっぱい戦った意味もあろう。でも、ユーガを殺したのはサイコキラーの高杉だ。高杉は世間一般の"絶対悪"ではあるが、双子に直接的な害を加えてはいない。そんな敵に対して、自分の身を危険にさらしてまで立ち向かう必要があったのか?どうしてユーガが死ななきゃいけないのか?たしかに特殊能力を使って悪と戦う姿はヒーローさながらであるが、ヒーローならばなおさら、生きて戻らなきゃいけなかったのでは?あまりにユーガが報われなさすぎた…。

 


…と不満?ばっかり書いてしまったんだけど、テンポがよくて洒落た掛け合いが多く、全体を通して"悲壮感"がないところはさすがの伊坂作品。会話の節々にみられるユーモアも絶妙だし、面白い小説でした。個人的には小玉の叔父を、双子の能力を駆使してやっつけたところはよくやった!と思った(からこそ、最後もそうあってほしいと望んでしまったのかも。浅いかなあ)。

伊坂作品は好きな作品が多いからこそ、今作には色々と思ってしまった。いつかこの小説を「切ない」と感じられる日が来るのだろうか…